ぶっかけごはんについて  テツロウの考察

ぶっかけごはん

ぶっかけメシ、こんな言葉を私が聞いたのは、タイを初めて訪れた今から12年前にさかのぼる。私はそんな言葉が日本語に存在することすら知らなかった。1990年代初期、当時バンコクのチャイナタウンはいわゆるザックをかついだ貧乏旅行者がうろうろしていた。日本には居場所のない人々が多かった。

台北旅社、楽宮旅社、ジュライホテル。安宿はありんこの巣のようだった。中国漢字が氾濫している為か、火水金土の深夜には日本人がこのチャイナタウン区域にぱらぱらと流れてくるのだった。彼らは空港からやって来ていた。火曜と金曜はパキスタン航空、水曜と土曜はエジプト航空が日本から到着する日だったからだ。深夜11時にドンムアン空港に着き、入国審査と税関を抜け、空港の外に出るのが夜中の12時。

彼らを乗せた29番のバスは深夜のバンコクを南に爆走し、終点のホアランポーン中央駅に着くのが深夜2時くらい。そこからは歩きだ。チャイナタウンの安宿までは、わずか5分。旅の始まりに心をトキメかせながら、何かが起こりそうな心地よい昂揚感に包まれて、みんな黙々と歩く。

インターネットとコンビニがなかった時代、旅人たちは、挨拶が終わると情報の交換を始めるのが常だった。タイについて、自分の回ってきた国について、これから行く国、タイの国の物価から言葉まで、知るべきこと、知らないと1時間後にはもう困りそうなこともあった。まるでありんこ同士が出くわすと、頭と頭を付き合わせて、リレーのように道を作って砂糖のあるところを知らせたり、自分の巣に戻っていくようなものだった。全く面識の無い者同士が屋台のテーブルで相席した1分後には、まるで旧知の友人の如く話をしている不思議な旅人世界だった。地球の歩き方も間違いが多く、絶対的な情報量の不足をこういったアリンコ式リレーでみんな補っていた。

そんな旅人たちの中で、高橋さんという人がいた。旅の経験も豊富で、私は色々な旅のテクニックを学んだことを覚えている。荷造りの仕方、チェーンロックの効果的なかけ方、ボラレない為の振舞い方、全てが実践的でその後何年も役に立った。

知り合って間もない頃、そんな彼が発した言葉を私は最初、理解できなかった。
『ぶっかけメシでも食べようか?』
『え?』
それは一体なんだろう。そう思ったけれど、すぐに気軽に聞き返すことが出来なかった。何かそれを知らないということがその時はとても恥ずかしく思えたのだ。そんなことも知らないのかと言われ、軽蔑されはしないかと変なことを心配している未熟な若造が私だった。

中途半端な状態のまま、私はわかったような顔をしながら、高橋さんに付いてゆかなくてはならなかった。やがてある屋台に行き着いて、それがようやくプレーンライスの上に何かのおかずをかけた料理とわかった。なんて下品な言葉なんだろうと思った。しかし下品ではあるが、それに代わる日本語がいくら考えても出てこなかった。

かけメシ。かけごはん。かけるごはん。ごはんかけ。そんな日本語は聞いたことがなかった。そもそもそんな料理が日本国内にあるだろうか?お茶漬けとも違う。ネコめし。ねこ御飯。これは近いが、私たちは人間であって猫ではない。

『それじゃ ねこまんまみたいじゃない?』
こういうセリフは聞いたことはある。でもこれでは使えない。知り合った人に、
『それじゃ立ち話もなんですから、そこの屋台でねこまんまでも食べましょうか?』
友達ならジョークで済むけれども、一般的な使い方ではこれは明らかにダメだろう。
せいぜいがこんな所だと思う。それにぶっかけごはんはごちゃごちゃに混ぜてあるわけではないから、本当に猫ごはんなどとは、似て非なる料理だった。

ぶっかけメシという言葉には私自身激しく抵抗してきた。ぶっかけのぶっていうのは乱暴すぎて要らないと思うし、メシというのも女の人が言うにはあまりに品がない。メシというのはやはり言葉は悪いが、ひげ面でヘルメットをかぶった土木作業員にだけ似合う言葉だった。
もうちょっと穏やかな言い方はないんだろうか、、。でも無いのだ。
それでも誰が決めたというわけでもないのに、数え切れない人々がその料理をぶっかけ飯、ぶっかけと呼んでいた。いつしか私もため息つきながらあきらめて、それをぶっかけごはんと呼ぶようになった。

タイ現地語では、ゲーン ラ カーオと呼んでいた。これが正式名称。ゲーンはタイ式カレー、ラは前置詞でここではwithとかover、onに近い。カーオが米、ライスを意味する。だけれども自分が食べていながら、私はしばらくその語句を知らなかった。と言うのは、ぶっかけを出す店は、無数に並んだステンレスの大皿バットのおかずを指差すだけで注文が終わってしまうある種のイージーさを持っていた。注文した後で想像と違う変なものが出てきてしまうという失敗はここでは無かった。ぶっかけとは指差すことが出来れば誰でも注文でき、また私たち外人であっても注文する人を選ばない、そんな料理だった。


アジア一ツ星食堂



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